志と自分の価値。 | おちまさとプロデュース Tokyo Ochimasato Land

志と自分の価値。

特にまだ世の中に

結果を出せていない時期

自分の価値を冷静に見る時程

酷なものはないかも知れない。


自分はもっと高いはずだ!


しかし

現実は

冷たい。


こんな時

いかに冷静に

客観的に

自分の価値を

見れる人間程

伸びる可能性を

秘めている。


同時に

根拠なき自信が支える



があれば

もっといい。


志多角。

たまたま

この変換になった。

これもいい言葉だ。

志高く。


冷静に見て

ちっぽけな

自分の価値。

それを

高めるには

たった一つ

特にクリエイターには

必殺技がある。


それは。




自分の現状の価値以上の


”作品を作る事!”


クリエイターでなければ


”結果を出す事!”


自分の価値以上の価値のある作品を

作ればこの作品が一気に自分を引き上げてくれる。


しかし

現状の

リアルな評価を

受け入れられず

志を忘れた人には

神様はこのギフトは

くれない。


志と忘れる。

字が似てる。


だからこそ

とにかく現状を突破するには

志高く

己の価値以上の作品を

次々と作り出す

次々と結果を出すしか

ないのである。


タランティーノは

レンタルビデオ屋さんで

バイトしながら映画を観まくり

脚本を書き続け

成功して行った。


そして

昨日観た

『デス・プルーフ』は

一言で言えば

今のCG映画全盛への

反抗で作った作品である。


以前

話した時に

「既成概念をぶっ壊す為だけに仕事をしているといっても過言ではない」

と言っていた。


おいらもだ。


既成概念や

自分の価値ばかりに

固執するスモールな

発想には

自分の価値を越える作品や

結果などは生まれない。

よって

高い評価も遠のき

また0からの再出発と

時間の無駄を過ごしてしまう。


いま

テレビから

アンジェリーナ・ジョリーの吹き替えが

「ドジね」

と言った。


自分の価値ばかり

かんがえていると

ドジるぜ。


がむしゃら。

時にダサいかもしれないが

時にかっこいい言葉だと思う。


おちまさと


朝青龍さんを

Jリーグのキャンペーンに

使うべきだ!

「サッカー大好き!」

というコピーで。